戻る

薬剤師研修支援システム

 氷 

2022年2月

     専務理事 浦山隆雄

 

 薬学部の研究室には、どこにも実験に使う氷を作る製氷機があった。スーパーマーケットで、生鮮食料品のためにお使いくださいと表示されている製氷機と同じようなものである。

 大学4年生の6月、研究室に配属になった初日、まず教授室で教授の訓話があったが、その際に氷を入れたカルピスが出された。そこに入れてあった氷が、実験用の製氷機から持ってきたものであることは、数日のうちにわかり、4年生みんなで何とも言えない感情を共有したものである。もっとも、すぐに慣れてしまい、教授室での飲み会でのウイスキーの水割りにビーカーに入れた氷を普通に使用していた。

 氷の上を華麗に舞うと称されるフィギュアスケートの女子選手にデニス・ビールマンという方がいた。1980年代初頭に活躍した選手で、名字を冠したビールマンスピンが有名である。スピンしながら手で摑んだ片足を頭上に上げる、他の追従を許さない特殊な技であった。

 薬学とフィギュアスケートに直接の関連はないが、有機化学者のビールマン教授にお会いしたことがある。修士課程2年の時、私の所属する研究室の教授を訪問された。行われたであろう特別講義の記憶はないが、研究室で行われた懇親会は多少覚えている。その席で、スケートのビールマン選手が姪であるとうかがった。

 ビールマンスピンはこの選手にしかできないものと思っていたが、それから40年余りが過ぎた現在、競技大会でこの技を披露する選手を何度か見た。この技に関する情報が多く伝わることによってより練習がしやすくなったのかもしれないし、科学的な分析によって練習方法が改良されたのかもしれない。しかし、難しい技であることには変わりなく、熟達するための努力は相当なものがあるだろう。

 今、薬剤師は大きな変革期に直面していると思う。一部の薬学部・薬科大学の学生定員割れや卒業できない学生の増加、IT技術の進展に伴う業務の高度化・多様化、医療制度の変化に伴う薬剤師業務の見直し、いつまでもなくならない医薬分業への批判。

 薬剤師がこれを乗り越えるためには、現在に軸足を置くのではなく、先を見ながら努力を続けなければならないと思う。国民が薬剤師に求めているものは何か。幅広く情報を収集し、科学的な分析によって、各自が対処方法を判断すべきである。もはや、みんなが揃って歩んでいける世界ではない。対処できる薬剤師だけが生き残ることのできる世界である。薬剤師にとって氷河期のような厳しい時代がきている。