2015年12月
専務理事 浦山 隆雄
大学で配属された研究室は有機化学であったから、合成の一環としての蒸溜は必須であった。しかし、私は蒸溜が嫌いで、可能な限り避けていた。
嫌いになったのは、3年生のときの学生実習である。フェノールを出発原料にして医薬品を合成する実験があった。まず、フェノールをニトロ化して、できた2-ニトロ体と4-ニトロ体とを蒸溜で分離する。そのとき、蒸発乾固させるとごく少量できているトリニトロ体が爆発すると説明されて、すっかり怖じ気づいた。加熱の程度を弱くするものだから、いつまでたっても蒸溜が進まない。巡回してくる助手の先生もあまりはっきりとアドバイスをしてくれない(と当時の私は思った)。すっかり遅くなり、学生の少なくなった夜の実験室で、あと片付けをした。爆発などしなかったが、すっかり蒸溜が嫌いになったのである。そして研究室に配属になって、さらに技術の必要な減圧蒸溜が必要になり、ますます蒸溜を避けたのである。
しかし、一つだけ、印象深い蒸溜がある。
水蒸気蒸溜である。
精油の実験で、植物が何だったか思い出せないが、葉を刻んで水を入れたフラスコに入れ、それを直接加熱したのではなく、湯煎のようにして加熱したと思う。やがて、フラスコ内の水が沸騰し始め、蒸溜装置を伝って、蒸溜物が貯まり始めた。蒸溜装置のガラス管は水滴だらけで、蒸溜中は何が何だかわからなかったが、蒸溜が終わってみると、蒸溜物を貯めたフラスコがきれいに二層になっていた。
水蒸気蒸溜の原理は講義で習い、一応理解はしていた。しかし、普通なら蒸発してしまう精油成分が、どうして取り出せるのか、腑に落ちないというのが正直なところだった。実際に経験してみれば、習ったとおりで、素直に信じることができた。
経験したのは、この学生実習のときの1回だけで、それ以降一度も水蒸気蒸溜をしたことはない。しかし、印象深い実験として、今でも時々思い出す。蒸溜は嫌いだったのにである。
6年前に始まった薬学実務実習を担う認定実務実習指導薬剤師が、6年間の期間満了を前にして、初めての更新の時期を迎えている。認定実務実習指導薬剤師は、第一線で業務を行っている先輩薬剤師として、大学で習った理論を実地で指導する重要な役割を担っている。そして、自己の業務経験と生涯学習の成果をもとに、それらを次代へ伝える重要な機会であると思う。
薬学教育モデル・コアカリキュラムの改訂に伴って、薬学実務実習に関するガイドラインが提示されるなど、薬学実務実習を担う認定実務実習指導薬剤師には、さらなる努力が求められているが、それも先輩としての義務のうちであろう。熱意ある認定実務実習指導薬剤師の活躍を期待したい。