日仏両国の文化交流の中心である日仏会館はその傘下に学問・芸術に関する二十数分野に亘って学会を持っている。日仏薬学会はその一つとして、1972年10月10日、パリ大学薬学部より名誉博土の称号を贈られた(1955年)刈米達夫先生を会長に、同じく名誉博士の称号を贈られた(1967年)石館守三先生を副会良として、フランス政府留学生、技術留学生などでフランスに留学した経験を有する薬学の出身者を中心として、『日仏薬学研究者、薬剤師の科学、技術の交流を目的』として日仏会館傘下の16番目の学会として成立された。時を同じくしてフランスでも、パリ大学薬学部(現パリ第5大学)の教授陣を中心として、仏日薬学会が設立され、その成立が官報に告示された。会長に就任されたトルーオ教授、事務局長に就任されたクボビエ教授を初め、1960年代に教授として活躍されたウアレット教授、マランジョウ教授、クルトア教授、パリス教授、ジャノー教授、デイルマン教授、フラオウ教授などと刈米、石館両先生との個人的な交流や留学生としてお世話になった関係を通じて研究上の交流を活発に行ってきた。
フランスの薬学教育が薬剤師実務に直結した教育を行う傍ら、l950年代の技術革新の時代を境にして、基礎研究を童視した教育・研究が活発化し、また当時でも百年以上の歴史を持つ病院薬剤師教育の成果を何とか日本の薬学にも反映させようと言うのが、会長・副会長を初めとする我々会員の願いであった。フランス薬学のもう一つの特色である、臨床生物学の分野についても、名城大学薬学部・奥田潤教授を中心として連携を取って、多くのフランス人研究者、日本人研究者間の活発な交流を行ってきた。刈米先生が引退され、石館先生が会長に就任されてからも活発な交流が続けられ、約15年間に十数名の研究者と数十人のフランス人薬剤師が来日し、講演会やシンポジウム、或いは日本の大学、病院の見学会など、多くの交流が持たれた。
石館先生が日本薬剤師会の会長に就任され、非常にご多忙になられたり、会の運営にあたって来た会員が皆、それぞれの分野の要職につき、会の運営にさく時問が制約され、一時会の活動が沈滞したが、石館先生が会長を引退され、1991年、辰野が三代目の会長に就任し、新たに竹中祐典氏、奥田潤氏を副会長に、そして奥井清氏を事務局長に専任し、活動を再活性する事になった。そして、フランス薬学に関心のある多くの人材の入会を得て、現在までに毎年シンポジウムを開催すると同時に、年二回乃至三回の「通信」を発行して、地道な活動を続けている。現在の会員数は約80名、賛助会員数は20社である。事務局:東京都多摩市豊ヶ丘2-6-5-308 高木要
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